学校長挨拶・沿革

学校長挨拶

学校長 木村 美和子

潤徳には女子の目線に立った、
             女子ならではの教育があります。

学校長 木村 美和子

一人ひとりの素晴らしい個性に、女性ならではの感性をちょっと織りまぜて社会で活躍する、そのような女性の育成を目指して潤徳学園は、1924(大正13)年に地元の有識者の方々の手によってつくられました。以来86年間、地元の皆様に支えられ長い歴史と伝統で培った温かな校風のもと「一人ひとりを大切に」を胸に刻んだ教職員が、女子の特性を踏まえ真摯に生徒たちと向き合い、生徒たちの夢に向かって伴走しています。PTA活動や後援会組織である潤徳会の皆様にもそれを後押しして頂いております。生徒は、女子校という環境でじっくりと自分自身を見つめ、そして自分自身を知り、具体的な将来の目標を定めて、その基盤を築いて卒業していきます。

86年前の創設者たちの意思を継ぎ、現在も、そしてこれからも“自分らしさ”を見つけられる、そのような生徒の育成を目指します。

学園沿革

創立者 堀内亮一氏、 初代校長 牧野菊之助 氏

写真正面左より 創立者 堀内亮一氏、 初代校長 牧野菊之助 氏

大正13年2月、中国の四書の一つ「大学」より、「徳は身を潤す」の一節を校名として本学園が創立されました。

大正12年の関東大震災は東京一帯を大きく破壊し、江戸時代から日光街道の宿場町として開けていた千住町も被害を受けました。
東京復興の槌音が響くなか、この城東地区における女子教育の必要性を痛感した先覚者である堀内亮一先生を中心とする有識者により千住町教育会が設立され、ここに潤徳高等女学校がこの地区の女子教育のパイオニアとして誕生しました。無欲恬淡の仁医であった堀内亮一先生は「教授は懇切にして自学自習を奨励し、教育の民衆化を校是とし、且つ費用の低廉を図って父兄の負担を軽く」する教育姿勢を確立しての出発でした。

●学園の歴史
1924年 02月

●地元の先駆者・堀内亮一先生をはじめとする有志の方々によって、潤徳高等女学校を千住の地に創立

1924年 03月

●大審院々長(現最高裁長官)の要職にあった法学博士牧野菊之助氏 初代校長に就任同年4月開校

1927年 03月

●第1回卒業式を挙行、53名の卒業生が巣立つ

1927年 03月

●学制改革により潤徳女子中学校を設立

1948年 03月

●学制改革により潤徳高等女学校を潤徳女子高等学校と改称

1954年 04月

●高等学校に商業科を設置

1964年 06月

●山梨県清里に学園清里寮を設置

1975年 10月

●学園創立50周年記念式典挙行、記念事業として体育館竣工

1988年 09月

●ニュージーランドのダイオセサン女子校と姉妹校提携

1989年 09月

●アメリカのサクラメントでのホームステイ開始

1994年 02月

●学園創立70周年を迎える

1994年 06月

●新清里寮竣工

1994年 09月

●アメリカの3大学と姉妹校提携

2001年 04月

●福祉・教養コースを普通科に設置し、5コース制となる

2004年 04月

●学園創立80周年を迎える

2010年 04月

●コース名を変更し、特別進学コース、総合進学コース、福祉進学コース、芸術コース、ビジネスITコースとする。

登校風景 校舎 校舎
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